華美を削ぎ落とした、野菜の聖地
店舗は北本町の通り沿いにひっそりと佇む。元々は理髪店だった建物を改装したという話を聞いたことがあるが、華美な装飾は一切ない。 店内に入ると、オープンキッチンから漂う香りと、心地よい緊張感が迎えてくれる。

席に着き、メニューに目を落とす。 そこに並ぶのは「Heirloom Greens(在来種の葉野菜)」「Heirloom Daikons(在来種の大根)」といった言葉たち。 主役は魚でも肉でもない。「種(たね)」を継いできた野菜たちだ。


「端材」が教えてくれる、命の味
コースの始まりは「vege broth(野菜のお出汁)」。 これは調理の過程で出た野菜の端材を、小浜の湧水と塩だけで煮出したスープだという。 一口飲むと、身体の細胞が震えるような、深く、優しい旨味が広がる。 「捨てるものは何もない」というシェフの哲学が、この透明な液体に凝縮されている。

在来種という「個性」を味わう
Heirloom Greens, Tofu 壬生菜、中葉春菊、赤リアスからし菜。 これら個性的な葉野菜を、豆腐のソースでいただく。 スーパーで売られている均質化された野菜とは違う、野性味あふれる苦味と香りが、滑らかな豆腐のコクと絡み合う。

Santona, Winter Melon 山東菜と冬瓜のスープ。 透き通った出汁の中に浮かぶ、ロールキャベツのような一品。 冬瓜の淡白な味わいを、山東菜の食感が引き立てる。これもまた、胃に染み渡る滋味深さだ。

Kurodagosun Carrot 「黒田五寸人参」のフライ。 これが本日の白眉だったかもしれない。 丸ごと揚げられた人参は、驚くほど甘い。 添えられたスパイス(ハリッサだろうか?)をつけると、その甘みがさらに引き立ち、人参という野菜のポテンシャルを見せつけられた気分になる。

Heirloom Daikons 雲仙赤紫大根、源助大根、五木赤大根。 地元の新鮮な魚(おそらくサワラやヒラマサなどの白身)に、色とりどりの大根が添えられている。 通常なら「魚のカルパッチョ」と名付けられるであろう一皿も、ここではあくまで「大根」が主役。 魚の脂を、大根の辛味と瑞々しさが完璧に受け止めていた。

TSUKUNEIMO TARO メインディッシュの登場だ。
主役はつくねいも。スズキのグリルは主役の引き立て役である。青梗菜に絡めたソースと共に口の中でそれぞれをマリアージュさせる。言葉は要らない。

Unzen Kobutakana Green 締めのリゾットは「雲仙こぶ高菜」。 鮮烈な緑色。一口食べると、高菜特有のピリッとした辛味と、お米の甘みが口の中で弾ける。 チーズやバターに頼りすぎない、野菜の力強さを感じるリゾットだ。

自然派ワインと「ACAPULCO」
この料理に合わせるなら、やはりナチュール(自然派ワイン)しかない。 グラスに注がれたのは、フランス・ボジョレーの造り手、ドメーヌ・デ・グロットの「ACAPULCO(アカプルコ)」。 ガメイ種を使ったこのワインは、軽やかな果実味と少しの野生味が同居しており、原川シェフの料理と恐ろしいほどに共鳴する。 昼からこのペアリングを楽しめる背徳感もまた、旅のスパイスだ。

結論:わざわざ行く価値はあるのか?
答えは「Yes」だ。 東京の洗練されたレストランで食べる野菜も美味しい。 しかし、ここ小浜には、その野菜が育った「空気」と「水」がある。 生産者との距離がゼロに近い場所で、その土地の種(DNA)を食べる体験は、何物にも代えがたいラグジュアリーだ。
食後、店を出ると小浜の海風が心地よい。 胃袋だけでなく、魂まで浄化されたような気分だ。 さて、次は宿に戻り、自分たちで「蒸気」を操る番である。
BEARD 長崎県雲仙市小浜町北本町2-1 0957-74-5557 https://www.b-e-a-r-d.com/
